Pico VR開発スタートガイド

Pico VRで仲間と繋がる:Unity Netcodeを使ったマルチプレイヤー実装の第一歩(Web技術との比較)

Tags: Pico VR, マルチプレイヤー, Unity, Netcode, ネットワーク

Pico VR開発に興味をお持ちのWebエンジニアの皆様、こんにちは。

「Pico VR開発スタートガイド」では、Web開発の知識を活かしながらVR開発の世界へスムーズに入っていただくための情報を提供しています。これまでの記事では、Unityの基本的な使い方、VR空間での操作方法、UI実装、VR酔い対策といった基礎概念を解説してまいりました。

今回からは、VR空間でのインタラクションをさらに広げる「マルチプレイヤー機能」に焦点を当てます。Web開発の経験があれば、ネットワーク通信には馴染みがあるかと存じます。しかし、ゲーム、特にVRのようなリアルタイム性の求められる環境でのネットワーク通信には、Web開発とは異なる考慮事項や技術が必要です。

この記事では、Pico VR向けのマルチプレイヤーゲーム開発の第一歩として、Unity公式のネットワークソリューションである「Netcode for GameObjects (Netcode)」を使った基本的な実装方法を、Web開発におけるネットワークの考え方と比較しながらご紹介いたします。

この記事で学べること

なぜゲーム開発でネットワークが重要なのか

ネットワーク通信は、複数のプレイヤーが同じ仮想空間でインタラクトするマルチプレイヤーゲームには必須の技術です。プレイヤーの位置、姿勢、アクション、ゲームの状態などを、ネットワークを通じて他のプレイヤーに伝え、それぞれのプレイヤーのデバイス上で同じ体験を共有できるようにします。

Web開発においても、クライアント(ブラウザ)とサーバー間でのデータ送受信、ユーザー間のリアルタイムな情報共有(チャットなど)のためにネットワークが使われます。基本的なデータのやり取りという点では共通していますが、ゲーム、特にVRゲームでは、よりリアルタイム性状態の同期が厳密に求められる点が異なります。

Web開発のネットワークとゲームのネットワーク:違いと比較

Web開発で主に使われるHTTP/HTTPSプロトコルは、リクエスト/レスポンスモデルが基本です。クライアントが要求を送信し、サーバーが応答を返すという流れで、比較的低頻度なデータ通信や静的なコンテンツの取得に適しています。WebSocketのような技術を使えばリアルタイム双方向通信も可能ですが、それでもゲームの秒間数十回〜数百回にも及ぶ状態更新や、ミリ秒単位の遅延がゲーム体験に大きく影響するシビアな要件とは異なります。

一方、ゲームのネットワーク通信では、以下のような特徴があります。

これらの要件に対応するため、UDPベースのプロトコルが使われたり、独自のネットワークミドルウェア(ゲームエンジンに搭載されているものや、外部のライブラリ)が利用されたりすることが一般的です。

Unity Netcode for GameObjectsとは

Unity Netcode for GameObjects (以下、Netcode) は、Unityが公式に提供する、ゲームオブジェクトのネットワーク同期に特化したハイレベルなネットワークライブラリです。ネットワーク通信に関する複雑な処理(オブジェクトの生成・削除、状態の同期、リモートプロシージャコールなど)を抽象化し、開発者がゲームロジックの実装に集中できるように設計されています。

Netcodeは、主に以下の概念に基づいています。

Netcodeは「Host-Client」または「Server-Client」アーキテクチャをサポートしています。Picoのようなピアツーピア接続が難しい環境では、通常、ホスト(サーバーとクライアントを兼ねる)または専用サーバーを立てて、そこに他のクライアントが接続する形式を取ることが多いでしょう。

Netcodeを使ったオブジェクト同期の基本的な流れ

最も基本的なマルチプレイヤー機能は、各プレイヤーの分身となるオブジェクト(アバターなど)の位置や姿勢を他のプレイヤーに同期することです。Netcodeを使うと、この同期を比較的簡単に実現できます。

  1. NetworkManagerの設定: シーン内にNetworkManagerコンポーネントを持つGameObjectを作成し、ネットワークアドレスやポート、プレイヤーとして同期させたいGameObjectのPrefabなどを設定します。
  2. 同期対象オブジェクトの準備: プレイヤーのアバターなど、ネットワークで同期したいGameObjectにNetworkObjectコンポーネントをアタッチします。このGameObjectはPrefabとして登録しておきます。
  3. 同期変数の定義: 同期したい状態(例: 位置、回転)を保持するために、スクリプト内でNetworkVariableを使用します。

    ```csharp using Unity.Netcode; using UnityEngine;

    public class PlayerController : NetworkBehaviour { // ネットワーク越しに同期される位置情報 private NetworkVariable position = new NetworkVariable();

    // Host側でのみ実行されるロジック
    public override void OnNetworkSpawn()
    {
        if (IsHost)
        {
            // ホストの場合、初期位置を設定
            position.Value = transform.position;
        }
    }
    
    void Update()
    {
        if (IsOwner) // 自分が操作しているプレイヤーの場合
        {
            // ローカルでの移動処理(例: コントローラー入力に応じてtransformを操作)
            // 例として、ここではInput.GetKeyDown(KeyCode.Space)で前進させる
            if (Input.GetKeyDown(KeyCode.Space))
            {
                transform.position += transform.forward * 1.0f;
                // position.Valueを更新すると、自動的に他のクライアントに同期される
                position.Value = transform.position;
            }
        }
        else // 他のプレイヤーの場合
        {
            // Ownerではない場合、NetworkVariableの値を使ってオブジェクトの位置を更新
            // 単純な同期。実際にはスムーズな補間処理などが必要
            transform.position = position.Value;
        }
    }
    

    } `` この例では、PlayerControllerというスクリプトを同期対象のGameObjectにアタッチしています。NetworkVariable positionを定義することで、このposition変数の値が自動的にネットワーク越しに同期されます。IsOwnerプロパティを使って、そのGameObjectが自分自身が操作しているものか(Owner)どうかを判定し、Ownerだけが位置を更新します。Owner以外のクライアントでは、受信したposition.Value`の値を使ってGameObjectの位置を更新します。

  4. RPCの活用: 特定のアクション(例: 攻撃、スキルの発動)を他のクライアントに通知したい場合は、RPCを使用します。

    ```csharp using Unity.Netcode; using UnityEngine;

    public class PlayerAttack : NetworkBehaviour { // Owner側で攻撃ボタンが押されたときに呼ばれる void Update() { if (IsOwner) { if (Input.GetMouseButtonDown(0)) // 例: マウス左クリック { // サーバー経由で他のクライアントに通知するRPCを呼び出す RequestAttackServerRpc(); } } }

    // ServerRpc属性をつけたメソッドは、クライアントからサーバーに呼び出し要求を送る
    [ServerRpc]
    void RequestAttackServerRpc()
    {
        // サーバー側で攻撃処理の実行判定などを行う
        Debug.Log("Attack request received by server.");
    
        // サーバーから全てのクライアントに攻撃実行を通知するClientRpcを呼び出す
        ExecuteAttackClientRpc();
    }
    
    // ClientRpc属性をつけたメソッドは、サーバーから全てのクライアントに呼び出される
    [ClientRpc]
    void ExecuteAttackClientRpc()
    {
        // 各クライアントで攻撃アニメーション再生やエフェクト表示などを行う
        Debug.Log("Executing attack on all clients.");
        // ここで攻撃アニメーション再生やエフェクト表示のロジックを実装
    }
    

    } `` この例では、Ownerであるクライアントが攻撃ボタンを押すと、まずRequestAttackServerRpc()というServerRpcを呼び出します。これはサーバー(またはホスト)で実行されます。サーバー側で攻撃が有効かなどの判定を行い、問題なければExecuteAttackClientRpc()`というClientRpcを呼び出します。これはサーバーから全てのクライアントに対して呼び出されるため、各クライアントで同時に攻撃演出などを再生することができます。

Pico VR開発におけるマルチプレイヤーの考慮事項

Pico VRデバイスはスタンドアローンであるため、開発においては以下のような点に注意が必要です。

これらの課題に対して、Netcodeは基本的な同期やRPCの仕組みを提供しますが、スムーズで快適なマルチプレイヤー体験を実現するためには、Unityのプロファイラーを使ってネットワーク処理の負荷を計測したり、遅延を考慮したゲームデザインを行ったりするなどの工夫が必要になります。

まとめ

この記事では、Pico VR開発におけるマルチプレイヤー機能の基礎として、Unity Netcode for GameObjectsの基本的な概念と、Web開発のネットワーク通信との違いについて解説しました。

Web開発で培ったネットワークの知識は、クライアントとサーバーのやり取りといった基本的な構造の理解に役立ちますが、ゲーム特有のリアルタイム性や厳密な状態同期の要件には、Netcodeのようなゲームエンジンに最適化されたネットワークライブラリの活用が不可欠です。

Netcodeを使えば、ゲームオブジェクトの同期やリモートメソッド呼び出しを比較的容易に実現できます。しかし、実際のPico VR環境で快適なマルチプレイヤー体験を提供するためには、ネットワーク遅延やデバイスの性能限界を考慮した設計や最適化が重要となります。

今後は、Netcodeのより具体的な設定方法や、Picoデバイス上でのテスト方法、さらに進んだ同期テクニックなどについても解説していく予定です。Pico VRで、仲間と一緒に楽しめる新しい体験を創造する第一歩として、この記事が皆様の学びの助けとなれば幸いです。