Pico VR開発:Unityでのライティングと影の基本
Pico向けVRゲーム開発にようこそ。この情報サイト「Pico VR開発スタートガイド」では、特にWeb開発のご経験をお持ちのエンジニアの皆様が、VR開発の世界へスムーズに移行できるよう、基礎から丁寧に解説を進めてまいります。
これまでの記事では、Unityプロジェクトの基本的なセットアップや操作、ゲームループ、コンポーネント指向、XR Interaction Toolkitによる操作実装など、VR開発の基盤となる概念や技術について触れてきました。今回は、3D空間の見た目を決定づける非常に重要な要素である「ライティング」と「影」について、Unityでの基本的な設定方法とPico開発における注意点をご紹介します。
3D空間におけるライティングの重要性
Web開発において、要素の配置や色、形といったデザインは、主にHTMLとCSSによって表現されます。画像や動画といったメディアも、指定された位置に表示されます。しかし、3D空間では、オブジェクトがどのように「見えるか」は、単にそのオブジェクトの色やテクスチャだけでなく、「光」によって大きく影響を受けます。
現実世界と同様に、3D空間でも光がオブジェクトに当たり、その反射光を見ることで私たちは形状や質感、空間の奥行きを認識します。適切なライティングは、VR空間のリアリティや没入感を高めるだけでなく、オブジェクトの存在感やシーン全体の雰囲気を決定づける要素となります。また、影はオブジェクトの相対的な位置関係や地面からの浮き上がり具合を示す重要な手掛かりとなり、空間認識を助けます。
Web開発におけるデザインは、多くの場合2次元的な平面上の表現ですが、3D空間では光源の種類、位置、向き、色、強度などが複雑に影響し合い、オブジェクトの見え方が決まります。これは、まるで現実世界に照明を配置するような作業に近いかもしれません。
Unityにおけるライトの種類と基本設定
Unityには、シーンに光を供給するためのいくつかの種類のライトが用意されています。それぞれ異なる特性を持ち、シーンにおける役割が異なります。
1. Directional Light (指向性ライト)
Directional Lightは、太陽光のようにシーン全体に平行な光線を放つライトです。ライトの位置ではなく、回転(向き)が重要になります。常に一定方向から光が当たるため、遠景や広い屋外シーンに適しています。影を設定した場合、シーン内のすべてのオブジェクトに同じ方向から影が生成されます。
- 主な用途: 太陽光、月光など、広範囲を均一に照らす光源。
- 設定項目:
Color
: 光の色。Intensity
: 光の強度。Shadow Type
: 影の種類(No Shadows, Hard Shadows, Soft Shadows)。
2. Point Light (点ライト)
Point Lightは、電球のように一点から全方向に光線を放つライトです。ライトの位置が重要になります。光の強度はライトからの距離に応じて減衰します。屋内の電灯や炎、爆発の光などに使用されます。
- 主な用途: 電球、ロウソク、炎、小さな光源。
- 設定項目:
Color
,Intensity
,Shadow Type
: Directional Lightと同様。Range
: 光が届く最大距離。この範囲外には光が届きません。
3. Spot Light (スポットライト)
Spot Lightは、ステージライトや懐中電灯のように、一点から円錐状の範囲に光線を放つライトです。ライトの位置と回転(向き)が重要になります。円錐の角度や光の減衰を設定できます。特定の場所を強調したい場合などに使用されます。
- 主な用途: スポットライト、懐中電灯、自動車のヘッドライト。
- 設定項目:
Color
,Intensity
,Shadow Type
,Range
: Point Lightと同様。Spot Angle
: 光が広がる円錐の角度。Inner Spot Angle
: 円錐の中心部分の角度(減衰範囲の設定に関連)。
4. Area Light (エリアライト)
Area Lightは、矩形や円盤状の面から光を放つライトです。窓からの光や面光源の照明器具をシミュレートするのに適しています。面からの光なので、Point LightやSpot Lightよりも自然で柔らかな影を生成しやすい特徴があります。ただし、リアルタイムでの影生成はサポートされておらず、主にベイクで使用されます。(後述の「リアルタイムライトとベイクライト」を参照)
- 主な用途: 蛍光灯、窓からの光、ソフトボックスのような撮影用照明。
- 設定項目:
Color
,Intensity
: 他のライトと同様。Shape
: Lightの形状(Rectangle, Disc)。Size
: Lightのサイズ。
これらのライトオブジェクトをシーンに配置し、Inspectorウィンドウで各設定を調整することで、シーンのライティングを制御できます。
Unityでの影の設定
影は、光がオブジェクトによって遮られることで生成されます。Unityでは、ライトの種類と設定、そして影を落とすオブジェクト、影を受け止めるオブジェクトの各設定によって影が表示されます。
影の有効化
- ライト側の設定:
- 対象のライトを選択し、Inspectorウィンドウの
Shadow Type
をHard Shadows
またはSoft Shadows
に設定します。No Shadows
の場合は影は生成されません。 Hard Shadows
: 影の境界がくっきりしています。計算負荷は比較的軽いです。Soft Shadows
: 影の境界が柔らかくぼやけています。より自然に見えますが、計算負荷は高くなります。特にPicoのようなモバイルデバイスでは注意が必要です。
- 対象のライトを選択し、Inspectorウィンドウの
- オブジェクト側の設定:
- 影を落とすオブジェクト(例: キャラクター、家具など)のMesh Rendererコンポーネントで、
Cast Shadows
を有効にします (On
またはTwo Sided
)。 - 影を受け止めるオブジェクト(例: 床、壁など)のMesh Rendererコンポーネントで、
Receive Shadows
を有効にします (On
)。
- 影を落とすオブジェクト(例: キャラクター、家具など)のMesh Rendererコンポーネントで、
これらの設定が正しく行われると、ライトから発せられた光がCast Shadows
が有効なオブジェクトに遮られ、その背後のReceive Shadows
が有効なオブジェクトに影が描画されます。
影の品質設定
影の品質は、プロジェクト全体のQuality Settingsでも制御されます。「Edit」 > 「Project Settings」 > 「Quality」を選択し、現在使用しているクオリティレベルの設定を確認します。
Shadows
: 影の有効/無効。Shadow Resolution
: 影の解像度。高いほど影がシャープになりますが、負荷が増大します。Shadow Distance
: カメラからこの距離より遠いオブジェクトの影は描画されません。距離を短くするとパフォーマンスが向上しますが、影が見えなくなる範囲が広がります。
特にPicoのようなモバイルVRデバイスでは、高性能なPCと比較してレンダリング能力に限りがあります。影の解像度を下げたり、影の描画距離を制限したりすることが、パフォーマンスを維持するために重要となります。Soft Shadows
はHard Shadows
よりも負荷が高いため、Pico向け開発ではHard Shadows
を選択するか、Quality Settingsで影のタイプを制限することも検討が必要です。
リアルタイムライトとベイクライト:Pico開発における重要性
3D空間のライティングと影には、「リアルタイム」と「ベイク」という2つの主要な考え方があります。Web開発で例えるなら、ユーザー操作に応じてJavaScriptで動的にコンテンツを生成するのと、事前にHTMLファイルを生成しておく(静的サイトジェネレーターなど)のと少し似た考え方かもしれません。
リアルタイムライト
リアルタイムライトは、ゲーム実行中に動的に計算される光と影です。キャラクターの動きに合わせてリアルタイムで影が変化したり、ライトが移動したりする場合に使用されます。設定が容易で柔軟性が高いですが、計算負荷が非常に高いというデメリットがあります。特に影の計算は高負荷になりがちです。Picoのようなモバイルデバイスでは、リアルタイムライトと影を多用するとフレームレートが大幅に低下し、VR酔いの原因にもなり得ます。
ベイクライト (Lightmapping)
ベイクライトは、シーン内の静的な(動かない)オブジェクトからの光と影を、ゲーム実行前に事前に計算してテクスチャ(ライトマップ)として焼き付けておく手法です。建物や地形など、位置や向きが変わらないオブジェクトに使用されます。事前に計算しておくため、ゲーム実行中の計算負荷はほぼかかりません。これにより、複雑で高品質なライティングや柔らかな影を、パフォーマンスを損なうことなく実現できます。ただし、動的なオブジェクト(キャラクターなど)はベイクされた影には影響を与えず、またベイクされた影も動的なオブジェクトに影響を与えません(ライトプローブなどの補助が必要になる場合があります)。
- Unityでのベイクの手順概要:
- ベイク対象となるオブジェクト(静的な床、壁など)を選択し、InspectorのStatic設定で「Contribute GI」を有効にする。
- シーン内の静的なライト(Directional Light, Point Light, Spot Lightなど)を選択し、Modeを「Baked」または「Mixed」に設定する。(Area Lightは基本的にBakedモードで使用します)
- 「Window」 > 「Rendering」 > 「Lighting」ウィンドウを開く。
- 「Generate Lighting」ボタンをクリックして、ライトマップを生成する。
Pico向け開発においては、可能な限りベイクライトを活用することがパフォーマンス最適化の鍵となります。リアルタイムライトは最低限に抑え、特に影は動的なオブジェクトの影(キャラクターなど)のみをリアルタイムで描画し、静的な環境の影はベイクで対応することが推奨されます。Web開発で重い処理の結果をキャッシュしたり、静的なリソースを事前に生成しておいたりするのと同様に、計算コストの高いライティング・影の情報を事前に準備しておくという考え方です。
Web開発経験者が知っておくべきPico VRライティングのポイント
- 「物理」の理解: Web開発の多くは2次元平面でのレイアウトやスタイル設定ですが、VRでは光の物理的な振る舞いをシミュレートする必要があります。単なる色やテクスチャだけでなく、光の種類、位置、反射、影といった要素が、最終的な見た目とパフォーマンスに大きく影響します。
- パフォーマンス最優先: 見た目の良さだけでなく、常にフレームレートを維持することがVR酔い防止に不可欠です。特にPicoのようなモバイルデバイスでは、ライティングと影の設定はパフォーマンスに直結するため、リアルタイム処理を最小限に抑え、ベイクを積極的に活用するなどの最適化が必須となります。
- 「ベイク」の概念: 事前計算によるライトマップ生成は、Web開発で経験するようなリアルタイムのコーディングとは異なるワークフローです。重い計算をビルドプロセスやデザインタイムに行うことで、実行時の負荷を下げるというアプローチを理解することが重要です。
まとめ
この記事では、Pico VR開発におけるUnityでのライティングと影の基本的な概念、ライトの種類、設定方法、そしてリアルタイムライトとベイクライトの違いについて解説しました。特にPicoのようなモバイルVRデバイスでは、パフォーマンス維持のためにベイクライトの活用が非常に重要であることをご紹介しました。
適切なライティングと影の設定は、VR空間の没入感を高めるだけでなく、パフォーマンスにも大きく影響します。今回ご紹介した基本的な知識を元に、様々なライトを試したり、ベイクを実際に体験したりしながら、ご自身のシーンに最適なライティングを探求してみてください。
次回以降の記事では、さらに具体的なシーン構築やインタラクション実装などについて解説を進めていく予定です。Pico VR開発の旅を、引き続きお楽しみください。